この図の中でSIDSはUSID (Unexpected Sudden Infant Death)あるいは
SUDI (Sudden Unexpected Death in Infancy) の一部分を構成します。
突然死の一部として突然死症候群があるのであって突然死=SIDSでは
ありません。そして理念的にはSIDSは NEGLECTやABUSE (虐待)と
重ならないものです。しかしながら現実は、それほど単純ではありません。
SIDSは病気なのになぜ法律の問題が出てくるのかいぶかしく思う方も
おられると思います。 それはSIDSが理念的には病気であるにもかかわらず、
現実には病気かどうかわからないケースを含んでしまうこと、とりわけ少数とはいえ
事件としてあつかわれるケースが出てくることです。 これは論理学の言葉でいうと
SIDSの内包は病気であるが、その外延に病気以外のものを含むことを意味します。
有名なところではアメリカのホイト事件(連続殺人)や日本の小鳩幼児園事件(虐待死)
があり、そこで死因がSIDSであると認定した医師がホイト事件ではSIDSの最高権威、
小鳩事件では日本法医学会の虐待死対策チームのリーダーであったことから
SIDS診断の信憑性をゆるがすことになり、
マスメディアのあつかいは非常に大きなものになりました。
SIDSが最初に定義されたのは1969年、ベックウィスによるものです。
その後、1989年にNICHDによる改定があり、2004年にサンディエゴで非常に精緻な
定義が提案されました。 あいつぐ定義の改定は問題あればこそおこなわれます。
さらにSIDSの医学的な特殊性は、その定義が国によって違うことです。
日本以外の国々の定義は違うといっても、それほど大きなものではありませんが
わが国の特殊性はかなりのものです。 数年前に改定され
現在使われることが最も多い厚生労働省のSIDS診断ガイドラインは「SIDSの内容は一様ではない」
とする日本以外の通念とは異なって「SIDSは単一の疾患」と述べ、診断過程が
消去法(除外診断)をとることも否定していて、日本の診断基準の異質性を際立たせています。
周産期の死亡をも、それ以降の死亡と
同一視して「SIDSという単一の疾患」に含めるところも、わが国だけかもしれません。
もともと訴訟件数の多い出産期をもSIDSの定義に含めたことは
SIDS関連の訴訟件数を飛躍的に増やす原因ともなりました。
改定前の同省の基準は剖検なしでもSIDSを示唆する診断が可能であり、
米国1969年基準すら満たしていないものでした。 これでは
国際基準へのコンバージェンスも容易なことではありません。
もっともわが国には厚生労働省基準以外に
文部科学省のSIDS基準も存在し、これは国際基準に近いものです。
日本の法医のほぼ半数は文部科学省基準を使うようです。
わが国には、もうひとつの特殊性もあります。
SIDS導入のきっかけがアメリカのような
ヒューマニズムの世界からではなく民事責任の世界から始まることです。
日本にSIDSを導入したのは医師ではなく弁護士だったのです。
わが子を失って喪失感のただなかにある親に追い討ちをかけるような形でSIDSが導入されたことは、わが国の不幸でありました。
1981年に旧厚生省がSIDS研究班を立ち上げたのは、ある裁判がきっかけでした。
東京のある有名ホテルの託児サービスで突然死があり、この死をめぐる裁判で
被告側が経営責任をのがれる切り札としてSIDSを主張し勝訴したのです。
この判決は、その後20年近くにわたる裁判所による大量の経営責任免除の基礎と
なりました。
最初のSIDS裁判でも被告側は死因が病死であることを科学的に証明したわけではありません。
本当にSIDSだったのかどうかを確定するためには膨大な調査を必要としますが、
むしろこの調査を省略しつつ法廷でSIDSを主張し、調査不足による証拠不足によって
原告が証明責任を満たすことを妨げる作戦を展開し裁判に勝利したものです。
SIDSの法律問題が保育施設、医療機関で発生した突然死をめぐる裁判に持ち込まれた場合
SIDSの効用のひとつに数えられる遺族が蒙る甚大な精神的打撃への癒しの効果が働きません。
さらにSIDSであると判決がきめつけると経営上の問題点も無いことになり
保育環境自体が免責されることになります。
経営者の環境改善への意欲も低下するでありましょう。
SIDSは英米法の世界では、英国ノルマン王朝にまでさかのぼるコロナー (coroner 検死官)制度を基盤として
その実務的運用がなされてきました。
日本にも検視官という存在がありますが、似て非なるものです。
コロナーは不審死に対して捜査権や
検死陪審の開催の有無を決定する権限を持っていました。
日本でいえば検察に属する権限を不審死に対して行使できるわけです。
わが国の警察や検察は捜査権は持つものの医学的な知識に乏しく、
法医学の専門家は医学的知識は豊富であるものの捜査権を持たず、現場にも
ほとんど行かせてもらえませんし、人数も予算も絶対的に不足しています。
大量の検死をこなしうる監察医事務所は東京・大阪・神戸にしかないうえに
監察医事務所に所属する医師たちが現場に急行することがありえるのは大阪のみです。
大多数の県では、一人二人の検視官と、ほぼ一人だけの解剖医に
乳幼児だけでなく、すべての年代の不審死の処理が集中します。
このところの老人人口増加によって処理能力は、ほぼ限界に達しています。
SIDSの実務的運用は、不審死の捜査と立件に大きな権限を持つ専門職が豊富に存在しないところでは、うまく機能しないのではないでしょうか。
2008年の日本SIDS学会では、ドイツからの報告が2件あり、ハンブルグなどでは法律上の
捜査権は警察が持つものの、実際の調査や判断は警察の委託を受けた法医の専門家
チームが実行するとのことで日本でもこのような体制が取れるような政治的判断が
望まれます。 日本の現状は、法医学的な判断に必要な現場の情報がほとんど
法医に届きません。
カナダにおける検死制度
Steinschneider Hoyt incident (英文 wikipedia)
赤ちゃんは殺されたのか
(ホイト事件をあつかったノンフィクション)
