日本法医学会によると虐待死の9割は6歳以下であり、さらに
6割が2歳以下とのことである。 社会とある程度コミュニケーションを
とれる年になると被虐待児を保護しやすいことを示している。
子供が外部とコミュニケーションをとることをかたくなに拒否するような
場合は、その背後に虐待が隠れていることがあるようである。
1990年から1999年までに
司法解剖された被虐待児の数は459例で、これは少ないように見える。
しかし司法解剖は犯罪性を疑う十分な根拠がある場合にのみおこなわれ
証拠不十分の場合は行政解剖すらおこなわれないことが多いのですから
この数字は慎重にとりあつかう必要があります。
米国における児童虐待防止運動は、加害者に対してきびしい態度を
とる伝統的多数派と被害者の人権擁護に熱心に取り組む人権派の
双方を基盤とする強力な運動です。 わが国においては
加害者に対してきびしい態度をとろうとする人々は「反人権派」の
レッテルを貼られる一方、人権派といわれる人々は加害者の人権擁護に
ばかり目が行き、被害者の人権は無視してきたように見受けられます。
米国の児童虐待防止運動は長い歴史を持ち
米国動物愛護協会によって
1874年4月10日に起されたメアリ・エレン訴訟
(Little Mary Ellen Case)にさかのぼります。
米動物愛護協会は、1875年に児童虐待防止の組織をつくり、
両者は後に合併して米国人道協会 (American Humane Association)
を形づくります。
アメリカの連邦レベルでの精密な立法には1974年の児童虐待防止法
(Child Abuse Prevention and Treatment Act) があります。
児童虐待防止対策や被害者のケア、
国立センター (National Center on Child Abuse) の設立、
研究予算の確保などが推進されました。
わが国では、かつての性善説の伝統の中では「虐待ではないか?」と疑うこと
自体がタブーでありました。
この伝統は、子供の安全に関するかぎり悪い方向に作用してきました。
児童虐待は、それを疑われた人が「虐待などしていない!!!」と
強く否定する場合のほうが、実際には虐待がおこなわれていることが多い
という児童相談所の観察もあります。
自分は虐待をしているのではないかと自分で自分を疑うひとのほうが
虐待への歯止めがかかるのかもしれません。
児童相談所の人手不足もさることながら、虐待犯罪を裁く人の数、
これは、わが国の場合では今のところ検察官の数でもありますが、
これも非常に不足しています。
虐待は、虐待を疑われるひとの人権に配慮することも重要ですので、
裁判が不可欠になります。
軽度の虐待も含めた大量の訴追をさばいていくためには、
検察官でなくとも刑事裁判を提起できる制度や
陪審員制の導入など、刑事裁判数の処理能力を飛躍的に拡張する制度改革も
必要でありましょう。
英米では、ぎびしすぎる虐待防止法制を見直すべきという意見もあります。
これは厳格法を衡平法によって、やわらげていこうという英米法の伝統に即した動きとも言えます。
わが国は、もともと厳格法を持たない国です。 このようなところに衡平法を輸入するならば、
加害者に対して甘い法制をさらに甘くする結果となりましょう。
衡平法を日本に持ち込もうという人々は、厳格法と衡平法でバランスをとるという英米法の
伝統な知恵も、同時に持ち込むべきです。
CAPTA
Keeping Children And Families Safe Act of 2003
wrongly accused
(articles)
児童虐待防止法 全文
四国新聞
